当HPは、これまで出来上がって来たアンプについて単に画像やデータを並べておく「デイスプレイ型」でした。「実際に作って見ようと思うと、分かり難い点が多い」とのご指摘を頂き、もう少し詳細な形で載せる事にしました。 「BIG−ONE」は、回路設計、シャーシの加工を一から行った、完全自作アンプ第1号でした。これの回路図を載せてアンプについての「報告」は一応終わりと考えていましたが、方向転換の第一号として「製作の動機」から始めて製作時に考えたこと、行ったことを再現記事風に以下に「プレイパック」します。
真空管アンプは出力管が簡単に交換できて(勿論、前段の電圧増幅管も交換できますが)、音色の違いを楽しめるという石アンプにない特徴があります。 初めは互換性のある球に差し替えていますが、知るほどに鳴らしてみたい球が増えてきます。そのままで差し替えが出来ない場合は回路を弄る事になります。それまでもラックスやサンオーディオのキットの回路を改造して6B4Gや2A3,300Bといった直熱管の「有名どころ」を鳴らしてみたり、アウトプットトランスから新たにタップを引き出してやプレート耐電圧の低い小型球を鳴らして来たことはあります。 しかし、鳴らして見たい球が出てくる毎にアンプを改造したり、一から作ったりでは大変です。 また、回路やパーツが違うアンプで、球そのものの音の違い論じるのは、はなはだ不公平です。高価な球を良いパーツの念の入った造りのアンプで聴き、安価な球には「それなり」のアンプしかあてがわずに、「やっぱり300Bは大した物」というのは如何なものか。 このことから、「どんな球でも鳴らせる」ユニバーサル・アンプの製作に思い至りました。 一口にユニバーサル・アンプといってもいろんな種類があります。そのままでは差し替えの効かない球、例えば2A3と300Bの互換アンプをユニバーサル・アンプという人もいます。これは、コンパチ・アンプというべきものだと思います。直熱管も傍熱管も、プレート耐圧が250Vの球も500Vの球も、プレート損失が10Wクラスの球も100Wのも、ヒーター電圧が2.5Vでも10Vでも、ソケットがオクタルであろうとUS4ピンでも、更に送信管のようなグリッド電流が流れるプラスバイアス動作の球も鳴らせる、「本物のユニバーサル・アンプ」が目標です。
欲求は高く掲げましたが、なにせ始めてのメインアンプ完全製作です。自分の技術に応じた設計方針をたてないと、管球プリアンプの時のように着手から完成まで10年もかかる事に為りかねません。欲しい性能はとこととん追求する一方、本質的に必要で無い項目は勇気を持って棄てる必要があります。「オーディオは相反するテーマのバランス」という原則はアンプビルドでも活きています。 ★ シャーシは既製品で最も大きく、底の深い鈴蘭堂のSL20HGにする。 大きいとシャーシ内部の部品の大きさの制約から逃れられる上、途中での設計変更も可能になります。深さは、チューブラー型コンデンサーでなく豊富に流通している縦型コンデンサーを多用するために必要です。寝かしてレイアウトするのと立てたままで使うのとでは、占める面積が全く違います。 ★ モノ構成を除外すると、部品点数が少なく、発熱が少ないシングル・アンプになる。 ユニバーサル・アンプではどうしても電源部が複雑になります。放熱器をシャーシ内部に多数収める事を考えると、出力管が1/2のシングルでまず作ってみるのが無難です。 ★ 「美観」にとらわれず、総ての調整をシャーシ上から行う設計にする。 重い鉄の塊を球の差し替えの度にひっくり返すのは、気の重くなる作業です。音の比較を前の音が耳に残っている間にするためにも、調整時間が短いのに越したことはありません。つまみ等が表に出てきますが、技術的にリーゾナブルな設計があればそれなりの機能美が現れるものと考えて機能優先とし、あえて美観の為の設計はしません。 ★ 出力段と電圧増幅段の結合にはカソードフォロワーを使う。 プラバイアスまでも守備範囲にすると、グリッド電流の処理をする必要があり、一般的なC結合は使えません。トランス結合かカソフォロですが、トランス結合ではオーバーオールのNFがかけられません。電源回路が複雑になってしまいますが、ここは性能追求のためにカソフォロを採用します。 ★ 回路はシンプルに、実装はコンパクトに。 初心者にとって一番怖いのは、ハムと発振です。どちらもこれをやれば必ず止まるという方法はなく、あれこれ試して見ないと対処法がわかりません。これらを避けたければ、実績のあるシンプルな回路をコピーして、引き回しの少ないダイレクトな配線になるようにレイアウトすることです。またハムはアース配線からもでます。実装上、アース配線がループ作らないよう、また各段のアースが入力−電圧増幅段−出力段の回路通りの順に並ぶように注意すれば、アース配線を少々引き回しても大丈夫です。 電圧増幅段は、これ以上シンプルにはできない、5極管6267(EF86)の一段増幅にしました。負荷抵抗等の値はCR結合表の値をそのまま使いました。 結果的には、音質的にも良いチョイスでした。後になって低内部抵抗双3極管の5687の2段直結回路も試してみましたが、音がきつく、総ての出力球に5687の音色が乗ってきます。「普通」のアンプだと、全体で音色の調整をして仕上げても良いわけですが、ユニバーサル・アンプには不都合です。一方6267だとそれぞれの球の音を素直に描き分けてくれます。プッシュプルだと位相反転があるので普通は電圧増幅に2本以上の球を使います。違った球を使えばそれで音の「出っ張り」が相殺されますが、シングルだと1本の双3極管を直結に使うので、電圧増幅管の音色の特色が強く出てくるのではないかと思います。 配線の引き回しを避ける為には、調整箇所もできるだけ回路図の順序通りにレイアウトします。BIG-ONEでは、右上隅のOPTの横から入力します。ここが最もノイズの少ない場所です。前後に並んだ6267の間にNFのon-off切り替え用のスナップSWがあります。実際、ここでOPTの2次側からの帰りのNF配線をカソード抵抗と繋いでいます。 OPTの前にカソフォロ段の球があります。出力球のバイアス調整はカソフォロ段で行ういます。左右の球のそれぞれの横にバイアス調整用のつまみがあります。変な場所ですが配線の引き回しを避けるとここになります。 出力球のソケットの後ろに黒いバナナプラグ兼用のスピーカー端子が4つ立っていますが、ここへはフィラメント電圧を調整する抵抗を刺します。これは、後で出てきます。 出力球のソケットは、傍熱管に多いオクタルと直熱3極管に多いUS4pin、それに6C33等に使われている7pin(セプター)を配線の長さが短くなるように出来るだけ近づけてレイアウトしました。UX5pinやUY6pinもありますが、余りに欲張ると配線が長くなって発振するおそれがあります。これらはソケットアダプターで対応する事にします。出力球はシャーシの最前部に持ってきたのは、球からの輻射が少しでもアンプの外側に多く行くようにとう配慮からです。ちなみに「富嶽」ではこれが出来ず、出力管が一列にOPTの前に並ぶというレイアウトになった為に、大型管の場合にはOPTやシャーシが予想外の高温になってしまいます。 電圧の測定もシャーシ上から行います。オクタルソケットの左上の白のテストポイントで10Ωのカソード抵抗を介してプレート電流を測定します。7pin(セプター)ソケットの左上ではプレート電圧を、カソフォロの左でグリッド電圧を測定します。 アンプ前面にはハムバランサーのつまみと5極管のSGを3結と5結とするかの切り替えSWがあります。これも回路通りのレイアウトをした結果です。 パワートランスの前にあるトグルスイッチは、左の2つが+B電源の電圧を変更するもので、左がそのままブリッジ整流するか倍電圧整流かの切り替え、右がトランス端子を切り替えです。この2つのスイッチの組み合わせで450/400/250/200Vの4種類の電圧が選べます。右端はヒーターを直流点火するか交流のままで使うかの選択に使用します。その右に8つポリかのネジの頭が見えます。直流点火用のブリッジダイオードをシャーシへ固定して放熱しています。 ★ 整流管やチョークは思い切って棄てる。 整流管によって音が変わるのは事実です。これをダイオードに変え、チョークを外して石のリップル・フィルター使うことは、「純」真空管アンプから外れてしまう事に為ります。しかし、整流管による音の差は出力管の変更に比べると軽微です。 またカソフォロ段のバイアスを変えればカソード電流が変化し、パイ型フィルターで電圧調整しているとプラス電源、マイナス電源とも電圧変動に見舞われます。よってこの電源は定電圧化しなくては出力管のグリッドを振り切れない恐れが出てきます。また電圧増幅段のプレート電源は通常は出力段の平滑回路を経て、更にCRで降圧と平滑を行います。しかし、出力段の電圧を大幅にかえる為には、電圧増幅段を独立させリップルの無い電源としなくてはなりません。 これらを総てを真空管で定電圧回路にしようとすると超巨大なアンプになってしまいますし、私の技術では手に負えません。電源部の半導体化はリーゾナプルなチョイスです。
無単位の数字は抵抗(Ω)、コンデンサーは分子が容量(μ)を、分母が耐圧(V)を表しています。カップリング・コンデンサー以外は電解コンデンサーです。 6267の電圧増幅段はCR結合表通りですので、説明は省きます。見かけは電圧増幅段、カソフォロ段、出力段の3段構成ですが、カソフォロ段はゲインがなく(若干のマイナス)位相変化も超高域以外では変化が無いので2段増幅アンプとして取り扱います。 カソフォロ段 カソフォロ結合はその前段の電圧増幅段とはCR結合で繋ぎますが、出力球からみると直結になります。カソフォロ段の球は出力球より大きなカソード抵抗が使え、電圧増幅段の増幅度を高くとれますし、そのカソード抵抗が出力球のグリッド抵抗になりますから、うんと低い抵抗で出力管を安定動作させられます。グリッドをプラス域まで振ってA2動作によって出力を絞り出す方に目が行きがちですが、電圧増幅段と出力段を繋ぐインターフェスイスとして理想的な動きをしてくれます。 A2動作についても、元のアンプの出力が充分大きければA2動作はきわめて短い時間に押さえられ、むしろフォルテシモの時の音の延びとして捉えられるようになるでしょう。 カソフォロ段の選択 カソフォロ球は真空管の定数でgmがなるべく大きなものを選ぶという大前提があります。BIG-ONEでは7119を使っていますが、5687や7044もピン配置が同じで差し替え可です。 今13Kの抵抗が付けて在ります。使う球のバイアスの範囲が +50〜-100V欲しいとします。7119のカソードが+50Vの場合、プレート電圧は(200-50)で150Vです。プレート電流はカソフォロ抵抗の両端電圧270Vを抵抗値で割った21mAです。プレート損失は150*0.021で3.15Wです。-100Vの時は、同様に(200-(-100))で300Vとなり、電流は100/13Kで7.7mA、プレート損失は300*0.0077で 2.31Wです。1ユニットでも使えますが、送信管では数十mAもグリッド電流が流れる事があるのでパラで使用しています。受信管しか使わないので有ればA2動作をしてグリッド電流が流れても僅かですので1ユニットでもOKでしょう。 また、バイアスが深いとカソフォロ球のプレート耐電圧が、ぎりぎりになってきます。マイナス領域でしか使わないので有ればカソフォロ段のプラス電圧をもっと下げて使う事が出来ます。プレート負荷を低減したい場合はカソード抵抗を高くします。「富嶽」ではプッシュプルでパラ使用すると球の本数が増えるのでカソード抵抗を大きくしています。 このようにして、使える球と条件を決めていきます。またカソフォロ段の電流は出力球の使用状況によって変わるので、その電源は定電圧でないといけない事がおわかり頂けると思います。 カソフォロ段のカソード電圧はカソフォロ球のバイアスで決まります。バイアスの可変範囲は必要なカソード電圧の幅をマイナス方向へ10V移動した範囲を変えられるようにすれば計算上OKになるはずです。
アンプを作るとき、真っ先に悩むのは電源トランスです。BIG−ONE用には、価格と容量からタンゴのMX520を選びました。カタログではMX520は6C33のシングルステレオ用とあります。ヒーター巻き線は6.3V-6.6Aが2回線とどんな球が来ても行けそうです。他に前段用に6.3V-3Aがあります。主巻き線は160-180-200Vで低いですが、容量はなんとDCで520mAも有ります。倍電圧整流すると容量は1/2になりますが、それでもチャンネル当たり130mAと充分です。200Vだとできあがりが500Vを越えますので、160Vと180Vを倍電圧整流します。一方200Vと160Vは低い電圧を要求する球用にブリッジ整流します。 MX520の良いところは別巻き線が300V-100mAと80V-100mAの二つあることです。300V巻き線はまず電圧増幅段の6267プレート電源としますが、6267は殆ど電流を食いませんから、360Vを更に降圧して250Vとし、SG電源とします。80V巻き線は倍電圧整流して、カソフォロ段のマイナス電源とします。 残るはカソフォロ段の+200Vだけです。ここを総て300V巻き線に頼ると、スクリーン電流が多くてバイアスの浅い球の場合にギリギリになりかねないので、片チャンネル分だけ主巻き線からから取ることにしました。我が家は柱上トランスの真下にあり、105V近い電圧で入ってきます。主巻き線では、180Vでも500Vを越えかねないので、調整用の10V端子を使わねばなりません。 ○電源電圧の切り替え(Voltage SW System) 下図は、中点無しの2連と4連のトグルSWを使って、ブリッジ整流と倍電圧整流、トランス端子(160-180-200V)の切り替えを行うシステムです。端子が1回路分余裕があるので、倍電圧整流時にもカソフォロ段の+200Vへ1/2の電圧を供給して、余計な発熱が無いようしました。+B3は片チャンネルだけです。 少々複雑な切り替え回路になっていますが、回路図の左側の2連SWでトランスの端子を、右側の4連SWでブリッジ整流と倍電圧整流の切り替えをします。 今、SWが2つとも上側に接続していたとします。右側のSWにより倍電圧整流となります。ブリッジ側は切り離されて浮いている状態です。左のSWにより端子は160Vが接続しますから160*2*1.4V(無負荷時、以後同じ)がかかります。200Vは浮いているブリッジに繋がっているので電流は流れません。OUT2へは倍電圧の1/2の電圧を片波整流して流しますから、160*1.41Vかかります。次に左のSWを下側に接続すると、+B1へは180*2*1.4Vが、+B3へはその1/2がかかります。この状態で右のSWを下側へ接続(つまり両方とも下側)すると、倍電圧側が浮いてブリッジ整流側が繋がります。+B1,+B3共に160*1.4Vになります。 このようにして、倍電圧で160Vと180Vを、ブリッジ整流で160Vと200Vと4種類の+B電圧を選ぶことができます。 100/500は実際には100μ*2のブロックコンデンサで、シャーシ内に横にして取り付けています。平滑回路の一部なので、10Ωの抵抗を入れて一応パイ型フィルターにしていますが、ここの電流値は大きいので抵抗値を増やすと+Bの電圧が低下します。 ○電源回路 D799の様なバイポーラの内部ダーリントン接続の石の方が発振しににくて使いやすいのですが、日本橋で在庫している店がなかったので、FETの2SK2544で定電圧回路とリップルフィルターを組みました。2SK2544は耐圧600V、損失80WのMOS-FETです。過電流に対してかなりタフで、誤って火花を出しても切れることはありませんでした。耐圧500V、損失40Wと少し小振りのSK2543も有ります。こちらはフルモールドで、より使いやすくなっています。 200Vの定電圧電源の場合は、24Kの抵抗とRD50のツェナーダイオード4個で基準電圧を作ります。10/450のコンデンサーはノイズ対策、4.7Kは発振防止です。向かい合ったRD24はFETのGS間耐圧保護用です。これは200Vの場合ですが、250V、360Vも同じでツェナーダイオードを組み合わせて作る電圧だけが異なります。
フィラメント/ヒーター回路の[R]は電圧を調整する抵抗で、真空管の定格に応じて差し替えます。 主巻き線は前述電源電圧の切り替えシステム(Voltage SW System)を通った後、定電圧回路と同じ2SK2544によるリップルフィルターによって平滑されます。定電圧とはGATEがツェナーダイオードで電圧が固定されないで、コンデンサーだけが繋がっている点だけが異なります。実用上耐圧は450Vでも間に合うかと思いますが、念のため350V耐圧を2階建てで使っています。縦型コンでは450V耐圧がマックスなので。 300V巻き線は、電圧増幅段の360Vを作った後、SG電源(両チャンネル分)とカソフォロ段の片チャンネル分の定電圧に入ります。全部で10チャンネル分の定電圧やリップルフィルターがあり、大きな放熱板を入れられなかったので2.2Kのセメント抵抗で固めて発熱させるようにしました。SG用の定電圧は他の定電圧と離れて、出力管のソケットのすぐそばに置いていますが、さらに発振予防のため0.1/630のオイルコンをパラっています。 80V巻き線は倍電圧整流の後、2SA1009Aで-220Vのカソフォロ段マイナス電源を作ります。実作時にはコンデンサーの極性に注意してください。 6.3V巻き線は、直熱管用にブリッジ整流したものと傍熱管用の交流をSWで切り替えます。整流ダイオードはショットキーバリアーダイオードの方が音が柔らかく感じます。「ヒゲ」が出にくい事と関係があるかのかもしれません。6800μ-16Vのコンデンサー4本で平滑しますが、更にハムバランサーで万全を期します。抵抗の大きなものを使うと調整がクリティカルなので両側に33Ωの抵抗を挟んだ30Ωのボリュームを使います。 傍熱管のヒーターは殆ど6.3Vですが、直熱管のフィラメントには45や245の2.5V-1.2Aから、300Bの5V-1.2A、2A3の2.5V-2.5A、811の6.3V-4A、826の7.5V-4A等々、いろんなタイプがあります。それぞれに合った抵抗値をセメント抵抗を繋いで作ります。両端にバナナプラグをつけてシャーシ上の端子に差し込んで調整します。「定電力回路」になるので、おなじ2.5Vでも245と2A3では異なる「調整抵抗」が必要になります。