孤島へひとつだけ持って行くとしたらどのLPを持って行くかというアンケートで、バッハやベート−ヴェンの名だたる「名曲」を押さえて一位になったのはビゼーのオペラ「カルメン」でした。これほど愛されている曲ですが、初演は大失敗でした。ビゼーはその数ヶ月後に亡くなっています。皮肉なことにその後「カルメン」の上演回数は年を追って増え、今や全世界で上演される超ビッグタイトルになりました。そのオペラ「カルメン」由来の曲の特集です。
「カルメン」のCDを選ぼうと思うと大変です。それこそ「浜の真砂」ほどあります。自分では厳選して買っているつもりでも、このカラス/プレートル以外にもロサンヘレス/ビーチャム、モッフォ/マゼール、バルツァ/カラヤンと、全曲盤だけでも4タイトルもありました。定番として1つだけ選ぶとすると、月並みかもしれませんがカラスのカルメンになります。「悪女」カルメンが真面目なホセを口説く有名なハバネラでは、まさに妖艶という言葉がピッタリ。「脇」が弱いと言われますが、元々フランスのオペラ。歌詞もフランス語(ドン「ホセ」はいつまで待っても出てきません。「ジョゼ」なのですから)。そのドン・ホセ役のゲッダをはじめ、指揮者のブレートル、オケ、合唱団すべてフランス「製」で悪かろうはずがありません。それ以上にカラスが凄すぎるという事なのでしょう。
カルメンには、ホセを誘惑する「ハバネラ」、酒場で仲間達と歌う「ジプシーの歌」、ホセとの恋を占う「カルタ歌」等のポピュラーなタイトルロール用歌曲が多く含まれています。アリア集には、古い録音ですがメゾ・ソプラノのスペルビアのものを選びます。カラスと違って、こちらは妖精のような可愛いカルメンです。1930年頃のSP時代ですから全曲盤はなく、アリア集だけが残されています。ロッシーニを得意としていたようですが、このチャーミングなカルメンは聞き物です。スペルビアは1936年、40歳の若さで惜しくも亡くなっています。LPの時代には既に鬼籍に入っていたため知名度は低いですが、埋もれたままにしておくには余りに惜しい歌声です。
クラシックを聞き始めた当座は、全曲より組曲のほうが馴染みやすくてこっちのほうをよく聴きました。短いですから、慣れない聴き手でも集中力が持続できます。 「カルメン」組曲は全曲盤以上に種類が豊富です。最近はそれほどではありませんが、かっては入れていない(入れさせられていない)指揮者の方が少ないくらいでした。その中で一押しはトスカニーニのもの。ポピューラ物でも一切手抜きをせず、熱気が籠もった全力投球でNBC交響楽団をフルドライブしています。しわがれ声で歌手のパートを歌いながらオケにオペラのトレーニングをつけている映像が残っていますが、オペラ指揮者としてデビューし、生涯を自分をオペラ指揮者と考えていたトスカニーニの面目躍如たるところです。[カップリング]ビゼーー/「アルルの女」組曲、デュカ/魔法使いの弟子サン・サーンス/死の舞踏、フランク/ブシュケより第4曲「プシュケとエロス」ベルリオーズ/ロメオとジュリエットよりマブ王女のスケルツォ、序曲「ローマの謝肉祭」
第2幕冒頭で、カスタネットを手にカルメンが歌う「ジプシーの歌」を主題にした変奏曲です。「ホロヴィッ・オン・デレビジョン」と題された1968年のカーネギー・ホールでのテレビ放映用の録音を編集したアルバムの最後に収められています。 ホロヴィッツは自分のコンサートのアンコール用の編曲を残しています。メンデネスゾーンの「結婚行進曲」の主題による変奏曲、サンサーンスの「死の舞踏」(リストのものはピアノと管弦楽用の編曲)、スーザの代表的なマーチ「星条旗よ永遠なれ」等々。ステレオの時代、即ち12年の沈黙を破った1965年のコンサート以降は、アンコール用のこうした曲は要求されても弾かずにスカルラッティ等をすました顔で弾いていたようですが、これだけは例外だったようです。 変奏が進んでいくにつれて、テクニックのためだけの「危ない」パッセージが頻繁に出て来るようになります。聴いている方もゾクゾクするようなスリルと共に、何となく落ち着かない気分に陥っている自分に遭遇します。これを「異端」だと切り捨ててしまえばそれまでです。しかし、鯛の塩焼きにしても背や腹の身だけではなく、残った頭のホホの所をほじくって食べる楽しみもあります。私はこういう外道ものも、普段とはちょっと違った味わい方をさせてくれるものとして楽しんでおります。「危なさ」から言えば1947年のモノラル録音が上ですが、こちらの方がより洗練された「味付け」がなされているように思います。[カップリング]ショパン/バラード Op23、ノクターン Op55-1、ポロネーズ Op44スカルラッティ/2つのソナタ、シューマン/アラベスク、トロイメライスクリャビン/練習曲 Op8-12
サラサーテ編曲の同名曲とは全く異なる、指揮者ファーバーマンの編曲になる20分の大曲で、「パーカッションの饗宴」 というタイトルのアルバムに収められています。打楽器だけの曲というと、チャヴェスのトッカータやヴァレーズのイオニサジオン等の現代曲が思い浮かびます。ファーバーマンの編曲は「メロディを持った現代曲」とでも言うべき素晴らしい出来です。ハバネラや闘牛士の歌の旋律が、マリンバ、ティンパニといった普段オケ曲でも馴染みのある楽器から、タムタム、ボンゴ、はてはタイの鐘(Thai gongs)、アフリカの丸太太鼓(African log drums)に乗って次々に繰り出されます。このアルバムはまた、これらのハルシヴな打楽器の立ち上がりと長く尾を引く余韻を見事に捉えたデジタル初期の優秀録音でもあります。 「B面」にはベートーヴェンの交響曲第9番の第3楽章「スケルツォ」とベルリオーズの「幻想」交響曲第4楽章「断頭台への行進」がカップリングされています。こちらの方でも原曲の味を良く残した見事な編曲を堪能することが出来ます。 CDの出始めにの頃にCDでも見かけましたが、今はカタログに残っていません。LPの傷が気になりだして以来、いつも輸入盤を探しているCDの一つです。
今、カルメンのメロディを打楽器で楽しめるCDといえばこれです。ロシアのシチェドリンが有名なプリマであり妻でもあるマヤ・プリセツカヤのバレーの為に書いた「弦楽器と打楽器のためのカルメン組曲」。この弦のパートをマリンバに書き換えて演奏しています。元がバレーの為の編曲であるせいかどうか判りませんが、前記のファーバーマンのものに比べるとテンポの変化がシンプルなのが特徴です。[カップリング]武満 徹/雨の樹、オストリング/打楽器組曲、ライヒ/マリンバ・フェイズチャベス/トッカータ
サラサーテ編曲のカルメン幻想曲にはピアノ伴奏のものとオーケストラ伴奏のものがあります。数では後者の方が多いのですが、ピアノ伴奏の方がよりバイオリンの音色を引き立たせてくれるように感じられるので好きです。 ハイフェツッの名演もありますが編曲がやや異なるのと、ハイフェッツのバイオリンの音を楽しむにはいまいちの録音なのでこちらを取ります。昔の女流バイオリニストと違って、今は女性でも芯の強い音を出しますが、五嶋みどりとはまた違った趣が有ります。高い音がどこまでも透明に澄んでく延びる音です。ハイフェッツにも通ずる所のあるう寒色系の美しさのあるバイオリンです。[カップリング]ヴィエニャフスキ/華麗なるポロネーズ第1番、フォーレ/ロマンスヴュータン/6つのサロン風小品より夢、サン・サーンス/序奏とロンド・カプリチオーソラヴェル/ツィガーヌ
父と三兄弟がギターで母がカスタネツトという一家が、総出で奏でる「カルメン」組曲です。編曲は次男のぺぺが担当。メリメの原作の舞台はスペインだから、フラメンコギターの重奏に置き換えても違和感は全くありません。前奏曲、アラゴネーズ、ハバネラ、セギディーリャ、第3幕への前奏曲、闘牛士の歌から成っており、深々として心地よい音色のギターと効果的に入るカスタネットや手拍子で雰囲気満点のカルメンに仕上がっています。[カップリング]チャビ/序曲「人騒がせな娘」、ファリャ/はかなき人生よりスペイン舞曲三角帽子より市長の踊りと粉屋の踊り、7つのスベイン民謡よりホタ、ナーナ、ポロトローバ/トリアーナのソナチネ
CDのタイトルそのものがカルメン。ビゼーの手になる「カルメン」と「アルルの女」のピアノ編曲が収められています。「カルメン」からは前奏曲、アラゴネーズ、第3幕への前奏曲、アルカラの竜騎兵、ハバネラ、闘牛士の歌が選ばれています。意外とシンプルな編曲でビゼーが作曲の過程で作ったビアノ譜が使われているのでないかと思われます。熊本マリは太い音で一音一音を踏みしめるように弾いており、素朴で土の臭いを感じるカルメンになっています。[その他のカップリング曲]ラレグラ/ビバ ナバラ、ファリャ/火祭りの踊りコドフスキー編曲/アルルの女よりアダージェット、インファンテ/ジプシー・ダンスハルフテル/ハバネラ、モンポウへのオマージュ
演奏時間50分を越える、ギターと管弦楽のための「カルメン協奏曲」。こんな大曲になってしまうと単なる編曲というより、「カルメン」に題材を取った別の作品の感があります。かなり凝った展開の仕方をしていて、スペイン系の作曲者の手になるギター協奏曲とはだいぶ趣が違います。それでも最後まで一気呵成に聴いてしまえるのは、ビゼーのメロディの魅力でありましょう。[カップリング]グラナドス/ブレイナー編曲/詩的なワルツ集
最後にジャズに「本格的に」編曲されたカルメンをご紹介します。録音は1958年で、デオダートのツァラトゥストラやジム・ホールのアランフェスが出てクロスオーバーとかフュージョンが一ジャンルとなる遙か以前のことです。メンバーはバーニー・ケッセル(g)、アンドレ・プレヴィン(p)、シェリー・マン(ds)と芸達者の面々。ところが、こんな「美味しそうな」ものがあると知ったのはあのLP->CDの狂乱の時代。以来待つ事十余年先月やっと新譜CDが出ました。「本邦初CD化」とあるので海外では既にCDなっていたようですが。 いきなり第2幕の「トレアドール」(闘牛士の歌)がトランペット入りで始まると、「セギリア」「ハバネラ」と耳慣れたメロディが次々と現れてきます。元のテーマをそのままフルートやオーボエでひとしきり流した後、ギター、ベース、ドラム、ピアノと次々に「ジャズ化」するというなかなか上手い手法を取っています。クラシック党はいつのまにかジャズに取り込まれ、ジャズ党は「イントロ」のあと違和感なくジャズにのめりこめるという訳です。ヴァイヴが入ったクインテットでの演奏が2曲ありますが、これもなかなか魅力的です。MJQがこのようなコンセプトのアルバムを残していないのが残念な気がします。 このCDで唯一文句をつけるとすれば『よけいな新ライナーノーツ』。原稿用紙6枚がこれほど中身の無い「クズ」で埋められているのも珍しい。オリジナルジャケットのライナーがすばらしく、その翻訳で充分だったのではないでしょうか。CDになり、買ってからライナーを読むから「被害」は無いですが、LP時代なら「裏」を読むに及んで「餌箱」に戻す人がいてもおかしくないでしょう。