特集 「ブルックナー交響曲第8番」

  ブルックナーは特に好きでも嫌いでもない作曲家です。マーラーを買うついでに買って溜まってしまい、数えるとこの曲だけで12枚ものLPが有りました。ここらで一度気合いを入れて聴き直してみようかと思うに至った次第です。80分の大曲ですが全部最後まで聴き通して、この比較試聴記を書いています。さすがに疲れを覚えますが、私にとっての名盤も発掘でき、充実した時間でした。

★★

ジュリーニ

ウィーン・フィル

ユニバーサル UCCG3605/6

1984年5月23-30日 (87分20秒 )

 テンポが非常に遅い。強弱の変化もゆったりとしている。11種の中で最長の演奏時間です。大河の流れを岸に立って眺めているような思いがします。遅いテンポでも保っているのは一重にウィーン・フィルの美しさ。
 ジュリーニの重厚な演奏は好きです。巷での評価も非常に高い盤ですが、この演奏についての私の評価は★二つです。

★★

ハイテンク

ウィーン・フィル

ユニバーサル 470 534-2

1995年1月 (83分23秒 )

 これもテンポのゆったりした演奏です。ジュリーニのように重くはありません。耳あたりの良いウィーン・フィルの音の流れに身をまかせ、気持ちの良い時間が流れて行きます。しかし曲想の変化に乏しく、身を乗り出しいくような聴き所がないままに終わってしまいます。

★★★

ケーゲル

ライブツィヒ放送交響楽団

ODCL ODCL1020

1975年3月11日 (78分10秒 )ライブ

「爆演ケーゲル」が炸裂しっぱなし。ティンパニ、金管の咆吼が炸裂する「許先生」お好みのスタイルです。終始緊張感の高い演奏で、特に第4楽章はフォルテッシモの嵐。現場に居合わせていたら、さぞ熱演に酔っていたでしょう。でもフォルティシモはメゾフォルテが有ってこそ盛り上がるモノで、ずーっとこればかりだと聴くほうもつらい。オケもここぞいうときに、もうそれ以上盛り上がることができません。ブルックナー党でない私が言うのも可笑しいですが、ブルックナーの音楽は大波、小波が寄せては引くような流れがあるんではないでしょうか。

★★★★

カラヤン

ウィーン・フィル

ドイツグラモフォン 427 611-2

1988年11月 (82分49秒 )

初めてブルックナーの全曲を聴いたのはこのカラヤンでした。カラヤンは在命中、日本のブルックナー・ファンからは全く評価されませんでした。ブルックナーらしからぬメリハリの効いた「カッコいい」演奏で、ブルックナーは韜晦という固定観念を覆してくれました。今聴き直してみても、細かいところまで表情表現を突き詰めた、凄いまでに完璧な美しい演奏です。
 全集はベルリン・フィルですが、バラバラに買ったので7番と8番は後でウィーン・フィルと入れ直した分です。これがさらに美しさを際立てているのかもしれません。

★★★★

ヨッフム

ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

EMI 5 73905 2

1976年11月 (76分07秒 )

ブルックナー交響曲全集の定番ということで買いました。これぞ正統派。何でブルックナーが「田舎教師」などと言われるんでしょうか。素朴さ、渋さなんて全然感じられません。設計された音響の中にどっぷり浸れば、浮き世の憂さなど吹っ飛んでしまう明朗闊達な演奏です。

★★★★

レーグナー

ベルリン放送交響楽団

EDEL CLASSICS 0002712CCC

1985年5-7月 (75分01秒 )

レーグナーの11枚セット。その内8枚はブルックナーなので「確信犯」かも知れません。ヨッフムよりさらにテンポ感がある、ダイナミックな演奏。このベルリン放送交響楽団といい、ヨッフムの ドレスデン国立歌劇場管弦楽団も、次のベルリン国立歌劇場管弦楽団でも、旧東独のオケの優秀さに驚かされます。
 ライブツィヒ・ゲヴァント・ハウスのコンマスを務めるカール・ズスケによるとバイオリンのボーイングからして東と西では違っているとか。東独では戦前からのやり方を踏襲してきたと言います。バイオリンには独系とユダヤ系があり、現在のソリストは後者が数の上で圧倒的だと言われています。ユダヤ系の方が音が華やかなように聞こえます。そのかわりヒステリックなところも感じられます。確かに、これらのオケではバイオリンが目一杯鳴る場面でもうるさく聞こえません。指揮者のボーイングやトレーニングの時間に差があるのかとも思っていましたが、分かりません。LP時代にはあまりお目にかかれなかった旧東独オケの実力が、CDになって評価されて来ているのでは良いことだと思います。

 余談ですが、そのあおりをくったのが日本人音楽家だとか。「壁」のあったころはベルリンには日本人だけで一つのオケが組めるほどいたのが、旧東独からの流入で取って代わられたそうです。確かにドレスデンやライプツィヒは列車でベルリンから2〜3時間の近郊です。逆に言えば、今それらの地へ行っても往事の演奏は再現されないという事かも知れません。

★★★★★

スイトナー

ベルリン国立歌劇場管弦楽団

EDEL CLASSICS 0002702CCC

1986年 (80分28秒 )

これもスイトナーの11枚セットでした(ブルックナーは5枚)。スイトナーの演奏は日本コロンビア時代に「PCM録音」(今のデジタル録音)シリーズで聴いていました。すっきりした演奏という記憶があります。レーグナーよりカラヤンに近い、やや遅めのテンポです。滔々たる流れの中に身を置くかのようなスケールの大きな演奏。カラヤンとの違いは、表情の付け方にあります。カラヤンがレガートで徹底的に美しさを追求するのに対して、スイトナーのはあくまで音楽の流れに則ったテンポの変化であり、音の強弱、楽器のバランスです。音楽が非常にスムースに溶け込んできます。私のベストワンです。

★★★

ヴァント

ベルリン・フィル

BMG 74321 82866 2

1988年11月 (87分07秒 )ライブ

演奏時間から見るとかなり遅いテンポですが、聴いていて遅いテンポには感じません。ヴァントの演奏はどれも、「ティンパニ協奏曲」の如くその音が大きく録られています。その上ここでは右翼からの低音弦がものすごく分厚い音で被さってきます。「ヴァント・ファン」の間では、これでも物足りず北ドイツ放送管弦楽団との更に強烈な演奏が好まれているようです。この強烈さが晩年のカリスマ的人気を生んだのでしょうか。私はこの演奏に激しさを感じますが熱演には感じられません。ヴァントは極めて普通のバランス感覚で、粛々と棒を振っているように思えます。北ドイツの粗野と言っても良いほどの荒ぶる楽神を連想します。

★★★

スヴェトラーノフ

USSR国立交響楽団

SCRIBENDUM SC020

1981年 (78分56秒 )

特集 「クラシックは死なない!」にはレスピーギ「ローマ三部作」しか挙げていませんが、本にはこの爆演も併せて紹介されています。『思想性皆無、哲学性皆無。地中に眠るブルックナーの遺体を掘り起こして、祭壇の上に掲げて国民総出のお祭り騒ぎをしているかのよう』な演奏です。また、『ブルックナーの8番の最高演奏は、誰が何を言おうと、泥水を引っかけられようと、この演奏と断言する』という方もおられます。「泥水を引っかけられようと」という部分に、無意識のうちに真実が吐露されてしまっているのではないでしょうか。この演奏を最高と言われれば私だって泥水を引っかけかねません。

★★★

テンシュテット

ロンドン・フィル

東芝EMI TOCE13059

1982年 (75分21秒 )

輪郭のハッキリした演奏です。テンシュッテットらしい熱気も感じます。しかし、何かいつもと勝手が違う。この違和感は何だろう。見慣れた風景を水墨画にして見るような心地がします。音が「薄い」のか。ドイツのオケでなくロンドン・フィルだからか。念のためベルリン・フィルを振った4番を聴いてみると、確かに音に潤いが出てきます。しかし、「同類項」も残っています。これが某板で悪名高き、OKAZAKIリマスリングか。デジタル録音だからアナログのようにリマスタリングの影響は出ないはず・・・。「24ビットリマスタリング」とありました。デジタルもリマスタリング!。
 本当のところは英EMI製のCDで確認しなければなりません。これはあくまでこのCDでの点数です。

★★

クナッパーツブッシュ

ミュンヘン・フィル

ユニバーサルビクター MVCW14001-2

1963年1月 (85分37秒 )

私がブルックナーが嫌いになったのは、この人のブルックナーの3番のモノラル録音をLP時代に名盤と言われて買ったせいだと思います。その後ベームで4番を聴いて、少しマシになりましたが好きな作曲家にはなりませんでした。ゆったりとした演奏ですが、表情なぞ全く頓着なし。淡々と進行していくだけです。指揮者にヤルがあるのか。さっぱり気が乗ってきません。今、聴き直して「素朴」「朴訥」「田舎教師」というマイナーなブルックナーのイメージを作ったのは、この演奏を「手本」とした批評家達ではないかという事に思い至りました。

嗚呼、まだ「フィデリオ」や「指輪」全曲が、聴かず残っている。

★★★★★

フルトヴェングラー

ベルリン・フィル

URANIA URN 22.128

1949年3月14日 (77分03秒 )ライブ

これが最後。バックグラウンド・ノイズからすると「板おこし」か。真ん中に定位しないのは、ステレオカートリッジで拾っているからか。疑似ステみたいなところもある。弦がハッキリ聞こえる。「フルベン」の中ではかなりいい音だ。などと、思うまもなく強烈な渦巻きに引き込まれてしまう。何だこれは。他の演奏と全然違う。テンポ、ダイナミークが自在に変幻する。効果・ウケを狙った手練手管ではない。「フルベン」は、「漱石」流にいうと「天然に」呼吸しているだけなのだが、聴く側には演奏が神々しく思えてくる。天性の魔性なのだ。
 70年安保の時は半年も休講が続く異常な時代だった。私は暇にまかせてノイズの位置を覚えてしまうほどフルベンのLPを聴きまくった。「フルベン」熱には免疫があるはずなのだのだか、久しぶりに「フルベン」に酔った。



付記
★チェリビダッケ・・・普通ブルックナーものの試聴記には入ってるものだと思いますが、ビデオで撮ってCDは買っていないので入れてありません。
★バーンスタイン、シノーポリ・・・録音があれば是非聴いてみたい指揮者です。
★アバド・・・かなり良い線行くと思うが、演奏が予測できるので買いたいと思わない。
★大植英次・・・定演は終わったが、いつか生で聴いてみたい。



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